AMBITION

自然に学び、未来を想像するものづくり

株式会社ゴールドウイン渡辺貴生

01カルチャーや本質を追求する原点

-ファションやアウトドア、ものづくりの原点を教えてください。

12歳頃から兄の影響でアメリカ東海岸で流行していたアイビーファッションに興味を持ち、ボタンダウンのシャツを着るようになりました。そこから次第にカリフォルニアのスポーツであったスケートボードやサーフィンへと関心が移っていき、自分の中でのカルチャーがアメリカ西海岸を中心に形成されていきました。THE NORTH FACEともその延長線上で出会い、西海岸の生活やその中心に存在していた自然やアウトドアというキーワードが自分の中で徐々に大きくなり始めたんです。アイビーと西海岸のカルチャーはいずれもカウンターカルチャーという意味で共通していますが、自分もファッションやスポーツを通じて自由な価値やスタイルを発信するような仕事をしたいと強く思うようになりました。
こうした経緯から、THE NORTH FACEを日本で販売していたゴールドウインの入社試験を受け、無事に合格しました。そこから数年して、THE NORTH FACEの部署へと配属になったのですが、当時はまだ独自企画での生産販売が認められていなかったため、自分が作りたいと思ったデザインのアプルーバルをもらうために、カリフォルニアの本社へたびたび出張に行くようになりました。もちろん、現地のスタッフとは製品企画について話すために予定を組んでいたのですが、その中で、社長や企画の責任者など、いろいろな人と仕事の進め方やその前提にある精神の在り方などについて話をする機会にも恵まれ、THE NORTH FACEというブランドの本質に対する理解や、カウンターカルチャーとアウトドアの親和性というものが自分の中でさらに明確になっていきました。

02THE NORTH FACEに学んだものづくりの本質とゴールドウインの親和性

−THE NORTH FACEで培ったものづくりの姿勢はゴールドウインやテック・ラボの在り方にどのような影響をもたらしていますか?

THE NORTH FACEと濃密な時間を過ごす中で学んだことは、「常にベストなものを作り続ける」という姿勢です。これは「Never Stop Exploring(探求を止めるな)」というタグラインにも象徴されているように、永遠のベータ版のような感覚で常に改善の余地を探究し、より多くの人に喜ばれるようなものづくりを目指すことを意味しています。THE NORTH FACEの創業者たちに出会い、何のためにこの仕事に取り組むのか、何故そのようなデザインになったのかという本質的な部分と常に俯瞰的に向き合う重要性を直接話すことができたこの期間は、今の考え方に大きな影響を及ぼしています。

また、創業者が築き上げたゴールドウインのものづくりに対する姿勢は、THE NORTH FACEと極めて親和性が高いだけでけでなく、実は彼らと出会うよりも前から同じことを志していました。テック・ラボには、「真実は見えないところにある。(Dedication to detail.)」という創業者が残した一文が飾られていますが、これはまさしく自分がTHE NORTH FACEで学んだことと一致しています。デザイン性、機能性、審美性のいずれも欠かすことなく、緻密かつ丁寧に、見えないところにこそ細心の注意を払ったものづくりはゴールドウインの企業文化です。

そして、ゴールドウインという会社は、メーカーとして常に新しいものづくりに取り組む一方で、クリエイターとして、最も人間らしい開発とマーケティングの相互作用で社会の多様な課題を解決し、人々に感動を提供しなければいけないと考えています。そして、創業の地にある研究開発拠点のテック・ラボはものづくりのコアであると同時に、ゴールドウインの原点でもあるので、世界に対して自分たちの存在価値をしっかりと伝えていきたいと考えています。

03自然のデザインから生まれる新しい循環

−これまでに培ってきたものづくりの姿勢を今後どのように発展させていきたいと考えていますか?

新しいゴールドウインのビジョンの1つとして「常識を突き抜ける想像力、世界に貢献する革新的な開発で地球環境の改善を目指す」を掲げました。
THE NORTH FACEは1970年代からいち早くケネス・ハップ・クロップが先陣を切って環境保護に取り組んでいましたが、その精神的な支柱にはバックミンスター・フラーという存在がありました。フラーは、地球上にエネルギーは十分にある一方で、人間のテクノロジーには無駄が多いと指摘し、こうした状況を解決するために、「デザインサイエンス」という考え方を提唱しました。これは、自然が行っているデザインのあり方を深く学び、自然に存在している複数の原理、相互作用を利用して、新しい機能を生み出すという思想です。自然が最も効率的かつ経済的な方法で成り立っているということを前提とする場合、人間は自然がデザインを決定する方法を積極的に吸収し、学んでいく必要があり、このフラーの教えを今こそ実践するべきだと思っています。ジャニン・ベニュスというバイオミミクリーの第一人者の言葉に、「自然は太陽光を受けて活動する。自然は必要なエネルギーしか使わない。自然は機能が有効に働くにふさわしい形態をとる。自然は全てをリサイクルする。自然は協力してくれたものに対して返礼する。自然は多様性に依存する。自然は地域性を重んじる。自然は過剰になれば内部調整する。そして、自然は自ずと限界を知る。」というものがあるのですが、我々はメーカーとしてこれまで蓄積されてきた知識や技術を参照するだけでなく、自然のデザインや原理も取り入れながら、そこに想像力を組み合わせることで、新しい価値を生み出していけると信じています。

04未来を描くクリエイティビティ

−想像力という意味では、「翔ぶ意識、ロマンを求めよ。(Grand future vision cannot be drawn without dream and ambition.)」という創業者の言葉とも共通していますね。

想像力というのは簡単に言えば、今とは異なる未来の姿やまだ見た事のないものを頭の中で思い描く力だと考えています。自分がTHE NORTH FACEから学んだ一番のことは想像する力です。知識には限界がある一方で、想像力は世界を変える可能性が無限に秘められており、学んできた様々な物を組み合わせて、新しい価値に転換することこそが本当のメーカーの仕事なんじゃないかと考えています。
ラジオの利用者が5,000万人に達して、世界に普及するまでに38年かかったのに対して、インターネットは4年、Twitterは9ヵ月など、新しく生まれるテクノロジーが世の中の標準になる速度は目覚しく加速しています。自分たちも社会が必要とする技術、それを利用できる環境を少しでも早く整えることで、社会をより良いものにしていきたいと考えています。そういった試みの1つがSpiberとの共同研究です。現在の世界全体での繊維の生産量は1億トンほどですが、その15%から20%を人工タンパク質由来に置き換えることができれば、20兆円から30兆円の市場規模に相当します。これは、金額的なバリューでだけでなく、社会をより良い方向へと前進させられると信じています。人間が地球の許容量を超えて、自然資源を使い果たしているとも言われます。子供たちに豊かな自然環境と未来を残すためにも、それを地球が抱え込めるだけ取り戻すためのものづくりを実現しなければなりません。そのために社会を刺激し、多くの人を共感、感動させることによって、行動を変えていくための仕事にこれからも取り組んでいきたいと思います。

Credits -
  • Interview date2020.10

渡辺貴生 Takao Watanabe

1960年千葉県生まれ。ゴールドウイン社長。大学卒業後、1982年にゴールドウイン入社。30年以上にわたって日本におけるザ・ノース・フェイスの事業に携わり、同ブランドの成長に貢献。2005年より取締役執行役員ノースフェイス事業部長、2017年より取締役副社長執行役員。2020年4月1日、現職に就任。