自然との対峙の中で連続する瞬間
110年続く日本スキー界の歴史の中で、
最も輝かしい成績を残したスキーヤー、佐々木明。
競技引退後はスキーから遠のく選手もいる中、彼はこれまでの経験をベースに、
様々なフィールドへと活躍の場を広げている。
生まれたてから命絶えるまでが一つのサークル
現在は湘南に拠点を構え、スキーだけでなく、サーフィンやアウトリガーカヌーなど、海をフィールドにしたアクティビティにも熱中している佐々木。それは、オフシーズンの間だけのアクティビティではなく、オンとオフを切り分けない、一貫したライフスタイルになっていた。
「今は通年でのアクティビティがライフスタイルになっているので、オンとオフを切り替える感覚はありません。
その時々のやりたいことや興味があること、あるいは自分にとって有益なもの、人生を豊かにするものをピックアップしていて、それが結果的に1年を通じての気持ちのバランスを作っています。
セカンドキャリアなんて言葉は自分の中にはなくて、生まれたてから命絶えるまでが一つのサークルなんです。
1つ1つの経験は当然活かしながらも、一つの人生をストーリーとしてどうやって円滑に展開していくかを考えてます。
そして、何かにチャレンジするときに重視するのが、難しいこと、もしくは、初体験のこと。事前に何かを準備したり考えてみるのではなくて、実際にやってみるというのが重要なんです。
たとえば、今まではパウダー(新雪)を滑っていたけれど、雪が溶けて氷になった雪の斜面を滑るためにはアイスクライミングのスキルが必要になる。
意識的に常に新しいことに取り組むと、新しいチャレンジが連鎖するので、今はそれを楽しんでいます。
また、挑戦するだけではなく、テーマや固定概念、定義を持たない状態でいることが、生きる上で何よりも大切だと思ってます。
たとえば、幸せに関して言うと、自分の中で『幸せ』の定義を決めてしまうと、自分の幸せの幅を狭めてしまう。
よく『器が大きい人』っていうけど、器を持たないことが一番大きいという考えです。
その先を見据えたアルペンスキー時代
幼い頃に始めたスキーの原点は、家族との楽しい時間であった。
ストイックな現役生活を経てもなお、佐々木にとってのスキーは、自分の楽しさ、豊かさを追求してのことであった。
そして、現在の全てが繋がっていくライフスタイルの原型は、すでに選手時代の頃から思い描いていた。

僕は4人兄弟の末っ子で、親がスキーのインストラクターでした。その影響で、みんなスキーが大好きで、家族旅行と言えば、美味しいものを食べて、温泉に入り、そのついでに、大会に出て帰るというものでした。そういう風に親に与えてもらった時間が、スキーを好きになったきっかけですね。
小学校3年生の時にはスポンサーがつきました。ある時に将来の目標をコーチに聞かれ、世界を目指すことがどういうことかも分っていないながら、何か大きいこと言った方がいいかなあと思って、『オリンピックに出ることです』って答えたんです。そしたら、とてつもなく怒られました。『出るくらいだったら今すぐに辞めたほうが方がいい。出るなら誰でも出れる。勝つだろ』って。
それからは、『とりあえず勝つ』と言い続けてきました。入賞とかベストを尽くすなんて言ったことは、一度もありません。オリンピックの記者会見もそうだし、どんなに調子が悪くても、どんな状況でも『勝ちに行きます』としか言ったことないから、よくビッグマウスと言われてました。
ただ、勝つためにできることは、何でもしました。オリンピックまでの期間は、365日×4年を逆算して、毎年開催される大会に合わせたフィジカルや道具のコンディション調整、いつ風邪を引くかまで、全て綿密にスケジュールを作っていました。
それでも、なんとなくですが、レースの世界だけでやっていくという気持ちは元々なかったです。全ては今のライフスタイルのためにアルペンスキーがあったんです。というのも、自分が一番得意なのはレースの世界だから、その中でトップに躍り出ることで、その先の自分の求める道につながるだろうという想いがありました。例えば、温暖化のような地球環境の問題に対しても、現状を変えるための自分の影響力がキャリアと共に積み重なっていくんだろうなと思ってました。
自然の一瞬こそが、人生の縮図
コンマ数秒を競うアルペンスキーの世界から一変、定められたコースもなければ、ギャラリーもいない山岳スキーの世界へと飛び込んだ。そこで体感したものは、自然の尊さであり、自分の心、そして今この瞬間に向き合うことの重要性であった。

山岳スキーへの転向を決めた時もまだ、世界のトップで闘っていました。理由はよくわからないんですが、そっちの方がなんとなく感性的に豊かになったんでしょうね。何万人もの観客の前でプレイすることも素晴らしい時間だと感じられるんですが、もっと自分にとって豊かなことって何だろうと考えた時に、自然に溶け込み、自分の思い通りに動いてくれない環境で、人間の無力さや、そこにフィットさせていく人間の力強さを感じることだと気がつき、敷かれたレールやコースの中を滑る時とは、全く違った、対極的な豊かさを感じられました。
ただ、山に限らず、海でサーフィンをしている時も同じですが、目的のポイントに到着するまではとても辛く、『なんでこんなことをやってるんだろう』と自問もします。
しかも、雪山を滑るのも、波に乗るのも一瞬で終わってしまいます。けれども、その瞬間には、そこに到達するまでの忍耐を経たからこそ見られる、最高の景色が広がっています。
また、当然のことですが、毎回自然と対峙する時には恐怖心があります。目の前にある自然の大きさゆえに、最悪の事態も頭をよぎりますが、そうならないためには、今何をするべきなのかと、この瞬間にフォーカスする必要があり、そのコントロールがとても大切になります。それがいわゆるマインドフルネスです。過去でもなく、未来でもなく、今何をするか。そうして、恐怖心を乗り越えた瞬間に、アドレナリンが出て、最高のパフォーマンスに繋がります。
だから自然が瞬間の中で教えてくれることは、人生の縮図だと感じています。
歴史や自然は壊してしまったら戻らない
自然の中に溶け込むライフスタイルを通じて、1人のスキーヤーとして表現する、自然の尊さ。それは、これまで積み重ねてきた人生においては、当然の帰結であり、1人でも多くの人に自然の重要性を伝えるために活動を続けている。
今やっている活動の一つに、世界各地を旅しながら山を登って滑る様子を映像に収める「Akira’s project」がありますが、その裏テーマが実は旅行なんです。
これは、家族とスキーに出かけた時の体験が基になっていて、一見アクセスが難しいように見えるロケーションも、本当は一般の人が少し背伸びするだけで到達できる場所を選んでいます。
なので、自分の目でその景色を見ようとしたら、本当は誰でも行けるんです。ただ、必ずしも滑る必要はなく、自然の美しさを改めて感じてもらい、大切にする心を1人でも多くの人に持ってもらうというのが目的です。
土地開発にはもちろん良い面もありますが、今ある自然をわざわざ切り崩す必要はないと思うし、歴史や自然というのは、壊してしまったら元には戻らないという事実は忘れて欲しくありません。
THE NORTH FACEのアスリートの間にはそういう社会問題をしっかり捉えていこうという動きがあって、自分がこれまでやってきたことから生まれる責任であったり、発言力というのを意識しています。

シンプルに言えば、ずっとスキーをしていたいし、ずっと海にも入っていたいので、自然は守りたいですよね。
守っていくなんて大それたことは言えないですが、大切にしてきたい。あとは景観もありのままで残していきたいと思っています。
人は誰しも、都会から離れて自然の中に行けば、心が豊かになって、活力を得られるものなのに、経済的な欲求のために今ある自然を壊してしまっている。
自分の欲求を違う方向に転換させるっていうのは大事だと思っています。Make moneyするだけが全てではないということを大切にしています。
そのために、その土地に来る人が変われば、その場所自体も、雰囲気が変わると信じて、見た人が自然を大切にしようと思ってもらえるような映像を作り、一人でも多くの人の意識を変えていけたらと思っています。
自然との対峙の中で連続する瞬間。
それを様々なフィールドで感じとり、未来へのアクションを続ける佐々木明。
そんな彼の生き様にGOLDWIN TECH LAB のものづくりも、共鳴していく。
- Interview date2019.7
佐々木明 Akira Sasaki
THE NORTH FACE契約アスリート。1981年北海道生まれ。3歳でスキーを始める。
16歳でアルペンスキーの日本代表に選出される。オリンピックを含む数々の国際大会で入賞を果たす。
ワールドカップではアジア人最高位最多の3度の2位表彰台を達成。
2014年ソチオリンピック後には、フィールドを山岳スキーへと移し、様々なアプローチでスキーの魅力を発信している。
人類の生命は、まさに刹那である
THINK MOMENT
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Ballerina 本島 美和
瞬間の美しさへの
飽くなき探求今になって分かるのは、バレエにおける美しさは、容姿の綺麗さや、技術を超えた部分にもあるということです。舞台だけでしか見ることのできない、言葉を超えた美しい瞬間があるんです。この舞台だけで生まれるこの輝きを、言葉では言い表すことはできませんが、今もそれを探求しています。
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Wheelchair rugby player 池 透暢
生きる意味を模索し続けてきたからこそ、いま目に映る世界
東京パラリンピックで銅メダルを獲得するまでの道のりは決して簡単ではなかったですが、長年にわたる苦労や努力がついに花開き、スポーツを始めた時に思い描いていたことを実現した時の感動は凄まじく、魂が震え上がるような感覚がありました。心の中が激しく揺れ動き、それは人生で初めて味わうような、感動に満ちた瞬間でした。